都会の寓話・いねむり坂の女主人・その6

いねむり坂の女主人・その6

ジャンヌさんが扉にふれると、

音もなく左右に開いて青い月の光に照らされた

広い草原が現われました。

ジャンヌさんとぼくが草原にでると、

草原の向こうに小高い丘があるのが見えました。

ジャンヌさんはどんどん丘の上に歩いて行きます。

それがとても早足なので、

ぼくは離されないように歩くのがた大変でした。

丘の上に向かうにつれて何だか生臭い風が吹いて来ました。

すると、あちこちから黒い影が現われて、

ぼくとジャンヌさんのあとについて来ます。

それは動物のタヌキとキツネたちでした。

これはヤバイと思いました。

ぼくはすっかり「いねむり坂の由来」を忘れていたのでした。

そうか、そうなのか……。

ぼくはジャンヌさんの姿が気になりだしました。

もしかして、ジャンヌさんがキツネかタヌキの化身だったらどうしよう。

ジャンヌさんのお尻からニョキニョキと尻尾がでてきたら……。

マジでそんな不安がこみ上げてきたのでした。

そのうちに丘の上に着きました。

丘の上は広い広い窪地になっていました。

その窪地には淋しく悲しい風が吹き荒れていました。

その窪地は広大なゴミ捨て場でした。

そこには数えきれないほどの人間の裸の死体が捨てられていました。

テレビでよく見る、

戦争で殺されたむごたらしい大人や子供の死体のようでした。

よくみると、それは人間ではありませんでした。

こわれた裸の人形たちでした。

脚のない人形、手のない人形、胴体だけの人形、顔だけの人形などが

バラバラに折り重なっていました。

ジャンヌさんはそれまでの明るく優しい声ではなく、

怒りと悲しみに満ちた暗い声で話し始めました。

『聞こえてきます、あの人形たちの声が聞こえてきます………』

耳を澄ますと、それまでの淋しく悲しい風の音が

人間の悲しい叫び声に変わってきたのでした。

老人や男の人、女の人、かわいい子供たちが泣きながら叫んでいます。

「誰か足と手をくれないか!」

「あたしは顔が無いの。顔がほしい!」

「さむいよ。何か着させてくれ!」

「わたしはまだスターよ。華やかな飾り窓に戻して!」

「ひどいよ、たすけて!」

「こんな体にしたのは人間だぞ!」

「まだ色んな服を着て楽しみたわ!」

「ただ汚れただけで、捨てられたんだ!」

その悲しい叫び声は山びこのように響いて聞こえてきます。

『ジュンコさんも、クルミさんも、イノキさんも、ロメオさんも、ハンスさんも、みんなここで拾われたのですね』

ぼくはあふれる涙をふきもせず、ジャンヌさんに聞きました。

『そうです。ちゃんとした身体の人はひとりもいませんでした。

まだ使えそうな頭や足や胴体を見つけて組み立てました。こうやって………』

そういいながらジャンヌさんは捨てられた人形たちのところに降りて行くと、

子供の胴体を見つけて手に取りました。

べつのところから、女の子の頭を見つけてくっつけてみました。

それから子供の手や足を探して胴体にくっつけると、

五歳くらいのかわいい女の子になりました。

『見てください。新しい子が生まれました。かわいいでしょ?』

女の子がニコッと笑いました。笑い声が聞こえてきそうです。

『ほんとうだ。かわいい女の子の誕生ですね!』

ぼくの涙はうれし涙に替わっていました。

『名前をつけましょう。そうですね………、

お目目がかわいいからヒトミさんが良いですね』

ヒトミさんは大きな青い目をパチパチして喜んでいます。

『かわいい服を作ってあげないと………』

そういってジャンヌさんは近くにいた子キツネの頭に木の葉をのせました。

小キツネはコン! と鳴いてでんぐり返しすると、

かわいいセーラー服になりました。

ジャンヌさんがそれを女の子に着せるととても似合います。

ジャンヌさんはちょっと考えて、

こんどは近くの子タヌキの頭に木の実をのせると、

子タヌキはポンポコポンとお腹をたたいてでんぐり返しをします。

すると、かわいいリボンのついたセーラー帽子になりました。

それを女の子の頭にかぶせると、ぴったりです。

女の子は喜んで飛び跳ねようとしますが、

できません。悲しそうです。

ジャンヌさんが女の子の頭をなでると、

すぐに女の子は飛び跳ねました。

そしてタヌキやキツネと丘を下りて、

ジャンヌさんの家へかけて行きます。

ジャンヌさんはとても幸せそうでした。

そして、こう言いました。

『人形は生まれるとすぐに動きたがります。

そして人間の真似をしたいとわたしにせがむのです。

でも、わたしが人間にしてあげると、

しばらくして、人間はいやだから、

人形に戻りたいとせがむのです。なぜでしょうね』

そういってジャンヌさんはぼくの顔をのぞき込みました。

『・・・・・』

ぼくはどう答えていいかわかりませんでした。

ぼくの困った顔を見てジュンコさんは、

ブツブツと何か呟きながら冷たい手の平でぼくのおでこをさわりました。

ハッとぼくは目を覚ましました。

ぼくは青白い月の光が照らす「いねむり坂」に立っていました。

もう何時ごろでしょうか。

腕時計をみると、時計の針が無くなっていました。

うしろを振り返ると

「喫茶店うたたね」の部屋の赤い灯りが見えていましたが、

やがて消えました。閉店したようです。

ぼくはとても疲れていたので、

我が家に帰ろうと坂をおりていくと、

庚申塚の前のバス停に古ぼけた幼稚園のバスが止まっていました。

手をあげて走って行くとバタンとドアを閉めて、

疲れた様子で坂道をのったり下って行きました。

思いやりのないバスです。

時刻表を見ると、何も書いてありません。

ぼくはがっかりしてベンチに座ると、

ベンチがいやに柔らかいのです。

生臭い匂いもします。

振り返るとタヌキのデカイお腹にすわっていたのでした。

『失礼しました』

とぼくは謝ってすぐに立ったのですが、

タヌキはぶつぶついいながら藪の中に消えました。

もうどうしようもありません。

ここで夜明かしするかと庚申塚にもたれてぼんやりしていると、

坂の上から人力車が降りて来るのが見えました。

やがて人力車がバス停の前に来て停まりました。

これもタヌキかキツネの化かしだろうと思ってぼくは無視していました。

車夫はしばらくキセルでタバコをふかしていましたが、

ポンポンと吸い殻をすてて、

ぼくの方にやってきました。

ぼくがだまっていると、

車夫は編みがさをとって、疲れた笑顔でいうのでした。

『お客さん、もどり車だよ。安くしておくよ』

どこかで聞いた声でした。そうだ!

『あれ、イノキさんではないですか!』

『へへへ。さっき武器商人から人力車の車夫になりましてね。

名前も松五郎に替わりました。

よろしくおねがいもうします。へへへ』

とイノキさんは、いや松五郎さんは照れながら言いました。

筋肉もりもりはそのままですが、

自慢げに華麗な転身を豪快に話すイノキさんではありませんでした。

とてもおとなしくてよわよわしく見えました。

ぼくは乗せてもらうことにしました。

ぼくを人力車に乗せて走りだすと、

松五郎さんはなれていないせいか、

あっちへフラフラ、こっちへフラフラとまるで酔っ払いのようです。

『どうしたの松五郎さん。お酒でも飲んでいるのかな』

『すみませんねお客さん。なにせ、始めたばかりなもんでしてね。ああ、つかれた。しんどい。ハアハア、もうだめだよ……』

『まだ十メートルも走っていなのに、もう疲れたんなんておかしいよ。こんどは華麗な転身をじゃなかったのかな』

『お客さん、からかわないでくださいよ。ハアハア……ああ、もうだめだ。つかれて、へとへとだ。ハアハア……』

『困るよ。ぼくも疲れているんだ。なんとか家までおくってくれないかな。車代ははずむからさ。こまったな……』

『ハアハア、あっしも困ってますよ。車代なんかほしくないよ。もうだめだ。やめたよ。お客さん、ここで降りてくださいな。ハアハア……』

そういって松五郎さんは車を止めると、

地面にくたくたと坐り込んでしまいました。

『こまったな。ぼくも疲れているのに……』

でも、しかたがありません。歩くことにしました。

しばらく歩くと、うしろから松五郎さんの声が聞こえてきました。

『ごめんなさいね。気をつけてね、またきてね、さようなら……』

ふりむくと大きなタヌキが手を振っていました。

ぼくは疲れて何も言えないので、手だけを振りました。

ぼくの足は棒のように重かったのを今も覚えています。

それから「いねむり坂」には行っていません。

「都会の寓話・いねむり坂の女主人」

 おわり

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