都会の寓話・いねむり坂の女主人・その5

いねむり坂の女主人・その5

床戸はとても重く、二人で開けました。

ギギギギ………と、

床戸は不気味な音を立てて手前に上がると、

ふわっと地下から暖かい賑やかな話し声が湧きあがってきました。

床戸から地下室におりる階段があります。

足もとは暗いのですが、降りられないほどではありません。

ジュンコさんを先に階段を降りると、

階段の中ほどに踊り場のような空間がありました。

そこから下を眺めると、広い地下室が見わたせました。

そこにはたくさんの人形が働いていました。

ぎこちない人形歩きですが、こわれた人形を修理したり、

修理した人形を運んだり、服を着せたり脱がせたり

とても忙しそうです。

ぼくが思わず声をあげそうになると、

ジュンコさんはまたピストルを見せました。

ぼくはなんどもうなずいてジュンコさんを安心させると、

また地下室を見まわしました。

ジャンヌさんを探したのですが、

多くの人形たちが動きまわっているので見つかりません。

ジュンコさんも探していて、

見つけるとぼくに小声で教えてくれました。

『ほら、あの隅っこだよ』

いました。

部屋の隅っこで忙しそうにミシンで服を縫っています。

服が縫い上がると、すぐ次の服を縫いはじめるのです。

服をぬうのはジャンヌさんだけなので、

休む暇もない目の回る忙しさです。

でも、とても楽しそうです

『わあ、たいへんだな!』

ぼくは思わず声をあげてしまいました。

慌てて口を閉じましたが、

時すでに遅し、

人形たちはいっせいに僕たちを見上げて、そのままフリーズ!

みんな黙ってこわい顔をしています。

『きみ、まずかったね……』

そういってジュンコさんは舌打ちしました。

『すみません、つい……』

消音ピストルがぼくの頬にあたりました。

約束だからしかたありません。

ぼくは覚悟を決めました。

『誰ですか、そこにいるのは?』

ジャンヌさんのきびしい声が響いて来ました。

それまで黙っていた人形たちもザワザワ騒ぎだしました。

『秘密の地下室を見られたぞ』

『いったい誰なんだ』

『人間なら、たいへんだ』

『生かしておけないわ』

その中から女性のひときわ大きな声が響きました。

『ジュンコよ。そうでしょ、あなたでしょ!』

クルミさんの声でした。つづいて、

『もう一人は、臆病な人間野郎だ。そうだろ!』

イノキさんの声でした。

ぼくは怖くてふるえながら、ジュンコさんを見ると……。

『フフフフフ』

大胆にもニヤニヤ笑っています。

『そうなのね。二人とも降りてきなさい』

ジャンヌさんはさっきのこわい声とは変わって優しい声でいいました。

『さあ、降りるよ』

といって、ジュンコさんはぼくの肩をポンとたたきました。

ぼくとジュンコさんが地下室の床におりると、

人形たちは怖い顔で取りかこみました。

イノキさんがいます。クルミさんがいます。

ビアンカさんもマリアさんもロメオさんとジュリエットさんもいます。

みんな怒っていました。

ジュンコさんは不敵な笑顔で腕組みをしました。

ぼくはというと、膝がゲラゲラ笑いだし

立っているのがやっとです。

『みなさん、怒らないでください』

人形たちの奥からジャンヌさんの声がすると、

人形たちは素直に引き下がりました。

その奥にジャンヌさんがにこにこ笑顔で立っていました。

ぼくはジャンヌさんの笑顔にほっとしましたが、

その笑顔がぼくの謝る心を生み出してくれました。

『ジャンヌさん、勝手なことをしてすみません』

『いいえ、謝らなくてもいいのですよ。

こうなるように私がしたからです。

謝るのは私です。ごめんなさい』

『ごめんなさい』

まわりの人形たちもにこにこ笑顔になり、

ぼくに謝りました。

クルミさん、イノキさん、ジュンコさんも。

『なんだ、そうでしたか……』

ぼくはいっぺんに気がゆるんでしまいました。

立っていられず、へなへなと床にくずれそうになると、

イノキさんがすぐにぼくを抱きかかえてくれました。

ハハハハハハ。

みんな楽しそうに笑っています。

ぼくも大声で笑いました。

ジャンヌさんはもっていた可愛い服をジュンコさんに見せました。

『ジュンコさんのジェームス・ボンドは今夜で終わりです。

明日からケーキ屋さんですよ。

あのペコちゃんと一緒に働いてくださいね』

奥からペロッと舌を出したペコちゃんが

首を振り振りしながらやってきました。

ジュンコさんは大喜びです。

『わー、うれしい。

もうジェームス・ボンドはあきあきよ。

これ可愛いわ。着替えていいですか』

そういって、ジュンコさんは着替え室に駆け込みました。

ほかの人形たちをみると、

さっきまで動き回っていたのに、

人形のようにじっと動きません。

どうしたのでしょう。

それに気づいたジャンヌさんは、

パンパンと手をたたいて言いました。

『みなさん、怠けてはいけませんよ。

はやく持ち場に戻りまさい。

さあ、はやく、はやく!』

それを聞くと人形たちは動きだして、

それぞれの持ち場にもどって作業の続きをはじめました。

『だまっていると、すぐ怠けます。人間と同じですね』

そう笑って言いながらジャンヌさんは足踏みミシンに戻ると、

縫いかけのドレスをあっという間に作ってしまいました。

するとお針子の人形ができあがったドレスをもって行きます。

すぐに別のお張り子人形が新しい布地をジャンヌさんにわたします。

ジャンヌさんのお頭の中には、

いろんなデザインのアイデアが詰まっているようです。

新しい布地にザクザクとハサミを入れて切り分けると、

ミシンにかけてあっという間に男性のスーツを縫いあげてしまいました。

『すごい。ジャンヌさんはひとりで縫ってしまうのですね』

ぼくが驚きながら見ていると、ジャンヌさんは縫いながらいいました。

『そうですよ。人形たちはみんな人間の真似をしたがります。

でもすぐに飽きてしまうので、わたしは忙しいのです。

人形たちみんなが幸せになってほしいのです。

それがわたしの幸せです………』

そこへ着替え室からジュンコさんが戻ってきました。

『どうかしら、ジャンヌさん、似合いますか』

かわいいピンクの花がら模様の服がとても似合います。

ジャンヌさんは大喜びです。

作業していた人形たちも仕事の手を休めて、

うれしそうに拍手しています。

ぼくもつられて拍手してしまいました。

ジュンコさんはモデルのように歩いて立ち止まり、

ペコちゃん人形と並んでポーズをとりました。

ぺろっと舌を出して、あたまを揺らしました。

まわりの拍手がさらに大きくなりました。

『ジュンコさん、とてもかわいいですよ』

とぼくがいうと、

ジュンコさんはぽっぺを膨らましていいました。

『ジュンコじゃないよ。

あたいはオリーブちゃんよ。

仕事がかわると名前も変わるのよ』

オリーブちゃんの二の腕に大きなアザが見えました。

これまで女ジェームス・ボンドの服で隠れていたのでした。

『そのアザはどうしたの?』

そうぼくがたずねると、

オリーブちゃんは悲しそうに黙ってうつむきました。

『・・・・』

ジャンヌさんは悲しそうに話しだしました。

『デパートの火事で火傷したのです。

それで捨てられてしまいました。

ここにいる人形たちは怪我をしたり、

壊れたり、古くなったので捨てられた人形でした』

『どこに捨てられたのですか?』

とぼくが聞くと、

『人形のお墓ですよ。お墓といってもゴミ捨て場です』

『ゴミ捨て場!』

『ご覧になりますか?』

『はい!』

『ご案内しましょう。こちらへ……』

ジャンヌさんは地下室の奥にある古ぼけた扉に、

ぼくを連れて行きました。

古い西洋のお城にある不気味な彫刻のある扉でした……。

その6へつづく…

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