第一章・おいらの御幼少期の秘話・そのⅡ

そのⅡ・おいらの落書き時代

おいらつらつら想うに、落書きほどご機嫌なものはない。

描いていると自然と鼻歌がもれてくる。

厭きることなんかない。

どう描こうか、なんて構想なんかないね。

指が自然と動くのさ。

四・五歳のガキの頃からだな、

我が家の廊下や壁や柱や襖や障子なんかをキャンバスにして

落書きまくったものだ。

初めのうち父ちゃん母ちゃんは、

おいらのヘチャメチャ落書きを親の欲目か抽象画もどき傑作と勘違いして

「うちの子、もしかして天才かも!」と、

はかない夢を抱きつつ眺めていたが、

やがて家中がヘチャメチャ落書きだらけになると、

もう天才の夢どころではない。

あわてて「外で遊びなさい!」と、

天才の襟首つかんで外へ放りだしやがった。

そんなことでおいらはへこたれない。

屋外は巨大なキャンバスだ。

道路や電柱や公園やご近所の土塀などを、

手ごろなキャンバスとばかり傑作を描きまくる。

そのころになると、おいらの落書きもだいぶ進化して、

何となくピカソに近い物体らしきものになったから、

ご近所の割烹着マダムらが「あら、上手ね!」とあおるので、

おいらはさらに傑作を描きなぐったものさ。

その天才ぶりは学校へ上がってもつづいたな。

さすがに教室や廊下や校庭は遠慮したが、

おいらのノートや教科書の余白は緻密な傑作でびっしりだった。

落書き癖は今もつづいているよ。

おかげでおいらの脳みそは落書きでいっぱい。

だから学問なんて退屈なものは、

おいらの脳みそにはいる余地がなかったのさ。

おかげで貧乏しているがね。

ところで、近ごろの落書きを良く見るね。

ビルや倉庫や商店や横断陸橋なんかに見境なくご機嫌に描いてあるね。

派手でポップだね。スプレーペイントアートっていうのかな。

まさにアーバンアートだ。

汚らしいと青筋たてる輩が多いが、

けばけばしい看板やネオンよりいいよ。

なにしろ手描きのオリジナルだからね。

スプレーペイントは消し難いそうだね。

おいらの落書きは石ころや色チョークだったから、

雨でも降ればきれいに消えちまう。

とても悔しかったな。

え? なぜ今は止めたのかって?

こうべらべら好き勝手に話すのに忙しくて、

淋しくないからさ。

芋幹七十郎

© 2017 f-supo.com